ドル/円相場に対する長期的見解

日米の金利差を材料に、1ドル120円程度の円安になっていますが、現在のドル/円は明らかに割高です。10年前の1996年当時と比較すると、名目上、10%弱の円安ですが、日米の物価変動を考慮した実質の為替では、40%近くの円安となっています。東証1部上場企業が4期連続の増収増益を続け、好調を維持している現在の経済環境において、今後、中期的に40%を大きく超えて円安が進む根拠は乏しく、むしろ、日銀の利上げなどを契機にトレンドが反転して、1995年の最高値である1ドル79円75銭を目標に円高が進む可能性の方が高いと考えます。背景にあるのは基軸通貨の地位を失いつつある弱いドルです。

 冷静に調べると米国経済は極めて厳しい状況にあります。政府はイラクの戦費などで毎月1兆円近くの財政赤字を膨張させていますし、経常赤字も国民の過剰消費によってGDP比7%近くの年間100兆円に拡大しています。好調と言われる企業部門についても、高い株価を維持するために積極的な買収を行った結果、多くの企業が過剰債務を抱えています。今や米国の金融機関や電力などを除く事業会社の7割が格付けがBB以下のジャンク債の水準にあって、金利の上昇に対して非常に脆弱な財務体質に陥っています。
 それでも、大幅なドルの下落が起きていないのは、ドルが基軸通貨だからです。基軸通貨としてのドルを支えている仕組みがいくつかあります。一つ目は、貿易黒字国、すなわち、中国からの米国財務省証券(米国債)の継続的な購入です。この仕組みによって、いくら貿易赤字が増大しても、流出したドルは財務省証券と引き換えに回収されて、しかも、その財務省証券の現物さえも、ニューヨークのFRBの金庫で管理されて、相手国は米国政府の承諾なしに勝手に売却できません。二つ目は、債権黒字国、すなわち、日本からの、米国の債券(国債社債・株式)の継続的な購入です。この購入を促すために、FRBは日米に金利差が生じるように米国の金利を高めに誘導します。この結果、円安と世界的な過剰流動性の増大(債券バブル)が進行しました。三つ目は、世界の原油取引の決済通貨をドルに限定することです。これによって、米国は為替のリスクに左右されずにドル紙幣を刷って原油を購入することができます。イラクやイランのように米国に敵対的な産油国がユーロなどの他の通貨で原油取引の決済を行おうとすると、米国は軍事的な圧力をかけます。

 このようなドルを支えている仕組みのいずれもが破綻しかけています。中国にとって、現段階では、米国の消費需要は重要ですが、高成長を続けるアジアの需要が10年以内に十分に大きくなった段階では、米国の重要性は相対的に低下します。また、原油穀物、鉱物などの資源価格の高騰によって、いずれ、中国政府は元とドルの交換を自由化して、資源獲得と国内の消費需要の成長を優先する元高ドル安政策に転換せざるを得ません。そのときには、中国政府がドル(米国債)を買い支えることは無いため、円高ドル安に流れます。
 次に、日本からの投資も期待することはできません。日本政府は約7500億ドル(90兆円)の米国債保有していますが、深刻な財政悪化に直面しているために米国債を買い増す余裕はありません。日銀は、政府に先立ち、ドル下落に備えて、保有している外貨準備をユーロなどの複数の通貨に分散しています。現在、米国の債券を購入しているのは、高金利を狙った日本の個人や年金資産ですが、債券価格の下落や円高による為替差損が発生した場合は、すぐに、購入は止まります。今後、資源価格の高騰により日米でインフレが進行した場合、中央銀行が主導的に金利を誘導することは困難になります。
 また、イラクの混乱した状況を見れば分かるように、この先、米国が中東情勢を安定化することは不可能です。イランやロシアは、原油取引の決済をドルからユーロにシフトすることを画策しています。また、2006年に共通通貨(湾岸ディナール)を作ったペルシャ湾岸諸国(GCC)は、将来的には共通通貨で原油取引の決済を行うことを狙っています。ドルが独占している原油取引の決済は、いずれ、各国の通貨に分散され、米国は為替リスクを意識して原油を購入することになるでしょう。

 現段階では、冷静に米国の経済状況を判断して、中長期的にドル/円をショートするか、ドル安に強い金・銀・白金などに投資することが賢明だと考えています。