【直近の履歴】
第12回 1859年から1899年の原油価格
第11回 商品循環のピークにおけるPPIの振る舞い
第10回 1920年ピーク時のPPI
今回は、前週に続いて、1900年から1947年の原油価格の動向とPPIとの関係を調べたいと思います。
参考にする資料は、EconbrowserのJames D. Hamilton氏が、1月15日の記事(Oil shocks and economic recessions)で、米国の過去の原油価格の高騰について調べた結果のレポート(History of Oil Shocks)です。
1.1920年のオイルショック
それまで、主にランプなどに使われていた石油は、20世紀に入ると全く異なる経済価値を与えられる事になりました。
石油は、暖房用、発電用、さらには、交通用燃料として、初めは鉄道にさらには、自動車に広く用いられる事になりました。
そして、交通燃料時代として、初めてのオイルショックである、1920年の西海岸のガソリン危機を迎えることになります。
1915年から1919年の間に、米国の原油消費量は53%増加しました。さらに、1920年までには、さらに、27%増加しました。
Paul Rhode氏の著作によると、1920年の春から夏にかけてのガソリン不足で、西海岸の経済は打撃を受けました。多くの商店は店を閉め、人々はガソリンや灯油を求めて、長い列を作りました。
シアトルでは、警官が、アイドリングしたまま車を駐車している人を検挙しました。
7月2日にカリフォルニアのオークランドでは、150台の車が一箇所のガソリンスタンドに列を作り、渋滞となりました。
このように、1920年の春から夏にかけて、ガソリン価格も高騰していたことが、推測されます。
実際に、1920年は、商品循環のピークに当たる年で、石油以外にも、穀物や金属など殆どの商品価格が高騰していました。
PPIの前年同月比の推移を見てみると以下のとおりです。
1919-12-01 26.0 10.64%
1920-01-01 27.2 17.24% <=15%オーバー
1920-02-01 27.1 20.98%
1920-03-01 27.3 20.80%
1920-04-01 28.5 24.45% <=ピークアウト
1920-05-01 28.8 23.61% 西海岸のガソリン不足
1920-06-01 28.7 22.65% ↓
1920-07-01 28.6 17.70% ↓
1920-08-01 27.8 11.65% ↓
1920-09-01 26.8 10.29%
PPIの前年同月比は、上のように、1920年の1月に15%を超えて、ガソリン価格が高騰を始めた4月に24.45%でピークアウトしています。
当時の石油の経済的な重要性は、第二次大戦後よりは、小さいもので、しかも、オイルショックは、西海岸に限定されたものでした。
しかし、当時もPPIが商品価格の先行指標として有効に機能していたことが分かります。
2.1920年から1930年代 大恐慌と原油価格の低迷
原油価格の高騰を受けて、テキサスとカリフォルニア、オクラホマで原油の大量生産が始まると直ぐに、原油価格は急落し、1920年から10年間は価格が低迷しました。
すなわち、1920年から1926年にかけて、原油価格は、40%下落しました。
さらに、1929年の大恐慌の勃発による需要低下と、1930年に操業を始めた西テキサスの巨大油田からの供給の増加によって、1931年までに1926年との比較で原油価格は、さらに、66%の暴落を見せました。
その他に、この時期に問題となっていたのは、乱開発による供給過剰と石油資源の無駄遣いでした。
規制当局は、開発鉱区と掘削方法に関する規制を整備し、開発会社に対して、遵守させた結果、秩序立った開発が行われるようになりました。
例えば、規制の前には、テキサスとオクラホマの油田で、掘削から4年から6年後に、ピーク量の1/10に低下していましたが、規制の実施後には、15年後でも、ピーク量の50%から60%の産出が可能となりました。
3.1930年代 原油価格の安定期
米国は、世界最大の原油消費国となり、1974年にソ連に抜かれるまで、世界最大の生産国でした。
第一次世界大戦後、原油価格は、TRC(テキサス鉄道委員会)がキープレイヤーとなって、値が付けられていました。
この期間は、価格の変化は殆どありませんでした。
おそらく、この時期は、商品の弱気相場で緩やかに価格が低下していく後方テールに該当していたと想像されます。
4.1947年 戦後初のオイルショック
第二次世界大戦後、米国では本格的に自動車が普及し、石油の消費が増えました。
1945年から1947年の間に、自動車の登録台数は、22%増え、ガソリンなど石油製品の生産量は、12%増えました。
この2年間に、原油価格は、80%も上昇しましたが、需要が減ることはありませんでした。
スタンダードオイルとフィリップス石油は、1947年6月からの販売店への供給量割り当てを表明しました。
この年の秋には、ミシガン、オハイオ、ニュージャージー、アラバマでガソリン不足が報告されました。
この年の冬には、燃料油の不足は、暖房油の不足へとつながりました。
1948年3Qには、住宅建設の減少が始まり、1948年11月には、戦後初の景気後退に陥りました。
この1947年から1948年は、1951年をピークとする商品循環の第一回目のピークでした。
同時期に、トウモロコシなどの穀物価格も高騰しています。
PPIの前年同月比の推移を見てみると以下のとおりです。
1946-06-01 19.4 6.01%
1946-07-01 21.5 17.49% <=15%オーバー
1946-08-01 22.2 21.98%
1946-09-01 21.4 18.23%
1946-10-01 23.1 26.92%
1946-11-01 24.1 30.98%
1946-12-01 24.3 32.07%
1947-01-01 24.5 33.15%
1947-02-01 24.7 33.51%
1947-03-01 25.3 34.57% <= 1回目のピーク
1947-04-01 25.1 32.11%
1947-05-01 25.0 30.89%
1947-06-01 25.0 28.87%
1947-07-01 25.3 17.67%
1947-08-01 25.6 15.32%
1947-09-01 26.1 21.96% ミシガン、オハイオ、ニュージャージー、アラバマでガソリン不足
1947-10-01 26.4 14.29%
1947-11-01 26.7 10.79%
PPIの前年同月比は、上のように、1946年の7月に15%を超えて、1947年の3月に34.57%でピークアウトしており、その約半年後に、ガソリン不足が発生したことが分かります。
やはり、1947年もPPIが商品価格の先行指標として有効に機能していたことが分かります。
次回は、今回の続きとして、1950年以降の原油価格の推移を、調べてみたいと思います。