原油相場の長期見通し

原油価格(WTI)は、2006年7月の高値(78ドル/バレル)から下落しましたが、依然、50ドル/バレル以上の高い価格を維持しています。

今後の原油価格を決定付ける上で、最大要因は中国の需要です。現在のように、中国の需要が年平均5%で増加すれば2020年には日量1184万バーレルとなり、日本の2倍以上の規模となります。中国国土資源部の予測は2010年で輸入量は需要の半分に上るものと見ています。
しかし、私は、実際の中国の原油需要がこの予測を大幅に超えるものであると考えています。例えば、現在、中国では、2020年に中国全土を結ぶ高速道路網を整備中で、その総延長は8万5000キロに達すると見込まれています。米国の高速道路網の総延長は、約9万キロですから、あと10年ほどで、中国は米国に匹敵する高速道路インフラを獲得することになります。ちなみに、日本の高速道路の全長は2003年3月末現在で7187kmです。当然、中国の物流は急速に道路輸送に切り替わり、輸送用燃料としてのガソリン・軽油の需要が加速度的に伸びます。米国の原油需要は日量2000万バーレルですから、高速道路網が完成する2020年には、中国の原油需要が、日本の3倍以上で米国に迫る日量1500万バーレルに達しても不思議ではありません。

一方、今後の原油供給量を左右する余剰生産能力は1990年以降、低下傾向にあります。1988年に11.5%あった余剰生産能力は、2005年には、4.9%となり、2015年には、2.5%まで低下する見込みです。既に、メキシコ、インドネシアカタールベネズエラ、イギリス(北海油田)などで産出量が減少し始め、ロシアも数年以内に減少し始めると見られています。その結果、2010年以降、余剰生産能力はイラクサウジアラビアなどのOPEC中東産油国に集中する見込みで、その中でも、サウジアラビアが、大半の余剰生産能力を担うことになります。そのサウジアラビアの余剰生産能力についても、消費国側の国際エネルギー機関(IEA)は疑問視しています。

エクソンモービル社の予想では、世界のエネルギー需要は、石油換算で、2000年の2億500万バレル/日から2030年には3億3400万バレル/日へと増加する見込みです。サウジアラビアなどの産油国側は増加分に対する供給の半分を,既存油田の回収率を高める技術開発と基盤投資で、残りの半分を、新規油田の開発で対応するとしています。

しかし、本当に技術開発によって最終的な回収率を高められるかどうかは、まだ、実証されていません。現在、自噴しなくなった古い油田から原油を回収するために、水やガス、薬品などが油層に注入されていますが、この方法(二次回収)は、油層を傷めて、生産量のピークを早めることが懸念されています。実際に、二次回収段階の北海油田やメキシコにある世界第二位のカンタレル油田では、予想以上に、生産量が減少しています。また、サウジアラビアにある世界最大の油田であるガワール油田でも、圧力を維持するために海水を日量700万バーレル注入していますが、汲み上げている石油に水が相当量(30から55%)混入してきていると言われています。

一方、新規油田の開発も、順調ではありません。陸上では、2003年以降、5億バレル以上の埋蔵量が確認されている油田の発見がゼロに近い状態が続いていますし、ブラジル沖やメキシコ湾などの海洋油田発見のニュースも聞かれましたが、海洋油田は回収率が最大でも20%と低いにも関わらず、高度な技術,災害・環境汚染リスク,巨額の投資が必要となり、石油会社は殆ど開発を放棄してしまっています。残された候補地は、中東のイラン、イラクカスピ海沿岸、アフリカのナイジェリア、スーダンなど、いずれも、政情が不安定で、民間資本が単独で進出するには、リスクが高すぎるために、殆ど開発が進んでいません。

欧米の石油会社の慎重な投資姿勢を示す数字として、石油掘削用リグの稼動数を挙げられます。例えば、米国のBaker Hugh社が公開している世界の石油掘削用リグの稼動数を見てみると、以下のようになっています。
2003/11 2304
2004/11 2585
2005/11 3021
2006/11 3077
このように、近年、稼動中の石油掘削用リグは増えていますが、原油価格の上昇率と比べると、その増加比率は極めて低くなっています。欧米の石油会社は、石油掘削用リグを増やすなどの新規開発投資は非常に消極的であることが分かります。

さらに、決算内容からも石油会社の消極姿勢を伺えます。例えば、エクソンモービルは、2006年4-6月期の純利益の103億ドルに対して開発投資額は49億ドル(前年同期比8%増)ですが、自社株買いと配当で合計79億ドルと(前年同期比約50%増)と新規開発よりも利益の株主への還元に経営の軸足を置いています。

消極姿勢の背景には、現在の石油会社の経営者の考え方と事業構成があります。現在の石油会社の経営者たちは、過去25年以上、石油が豊富で非常に安い時代に育ってきたために、供給増加から価格低下につながる川上の新規油田開発や川下の精油所の増設を殆ど行ってきませんでした。その代わりに、他社を買収し、施設や技術者をリストラして、経営効率を高めて、株価を上げることによって、株主の評価を得て、現在の地位を得たのです。彼らの思考パターンでは、もし、石油を増産する必要性が生じた場合は、自社で投資を増やすことはせずに、他社を買収するという行動に出ます。当然、全体で見た油田の開発は低調のままです。

また、現在の石油会社の事業構成では、既に天然ガスの売上が石油に匹敵する規模になっています。天然ガスはパイプラインの敷設や低温冷却・液化設備の必要なLNGなどインフラに巨額の投資が必要ですが、市況商品で価格が乱高下する石油と異なって、10年から20年の長期契約が主流で安定した利益が見込める利点があります。また、政情が安定した地域にも広く分布するために、油田開発よりも開発リスクが少ないのです。さらに、規模が小さく採算に乗らなかった中小のガス田でも、GTL(天然ガスを化学変化させてメタノールなどを合成する技術)によって液化してタンカーなどで輸送することで事業化が可能となりました。
石油会社は、新規油田の探索の過程で見つかった未開発の大規模ガス田や石油掘削後の中小ガス田を多く持っていますので、リスクの高い新規油田開発にあえて乗り出さないというのも経済合理性があります。

以上のことをまとめると、中国の経済発展による強い需要の伸びに対して、余剰生産能力の低下や新規油田開発に対する投資不足で供給は非常に脆弱です。もし、技術開発や海洋油田等の開発によって供給を増やすことが可能であっても、現在の石油会社の油田開発に対する消極姿勢が変わって、実際の開発に着手して、本格的に生産を開始するまでは、少なくても10年、長ければ20年は経過すると思われます。その間に、電気自動車やバイオエタノールやGTLなどの代替エネルギー開発が本格化するとしても、量産化やインフラ整備など普及には10年以上かかると思われます。
その間、原油は強気相場を継続すると思います。価格的には、オイルショック時の原油価格をインフレ調整した1バレル100ドルが目標となって、この価格を数割上回ったところで、ピークを打つのではないかと考えています。